ひのひかりゆらゆら

読書について。

ぐちゃぐちゃプロジェクトだけど後味は爽やか『残業禁止/荒木源』ネタバレ感想

今年度から時間外労働の上限規制というものがはじまって、残業時間もちょっと厳しくなった。 その中でただでさえ長時間残業してやっとまわしていたヤマジュウ建設という会社の現場が、さらに厳しい規制にどうなるか……というお話。

残業時間のレベル違いすぎ

しかし月百時間なんて 、休日出勤だけですぐ天井が見えてしまう 。百二 、三十が当たり前で 、このごろでは百五十 、二百のこともあった 。 「配慮 」と言われていったいどうすればいいのか 。

いやいやいやいや、月百どころか二百って。
キツすぎる。
死んでしまう。
現場監督って、めちゃくちゃ膨大な資料づくりが必要なんだそうだ。
読んでいるだけでうんざりする。書類仕事嫌いだから。

結局できるのは 、 「百時間以上は残業をつけないでくれ 」と部下に頼むことだけだ 。彼らもどうにもならないのは分かってくれている 。それでもタダ働きを命じるのは心が痛む 。

ひええ。心が痛むって。
二百時間も残業させられて残業代もらえないなんて、ありえない。
甘いんだろうがあってはいけないことでしょ、闇……。そりゃ人手も減るよね……。

育児中の社員

帰ってゆく熊川の後ろ姿に小さく舌打ちしているのが前に聞こえた 。

この熊川さんは保育園のお迎えにどうしても5時10分には出ないといけないということで、膨大な仕事量を抱える仲間を尻目に1人5時10分に帰るのだ。当然周りからの心象はよくない。
けどさー。
残業していいんなら残業して片付けたいって思うんじゃないかなー。
それでも子どもが一番大事だもんね。
周りがもやっとする気持ちも分からなくないけど、熊川さんかなりつらいだろうなって。
会社でも、家庭のある人は大変だなって思う。時短で帰ったはずなのに夜中の2時とかにメールが来てたりするとゾッとする。
ってモヤモヤしながら読んでたけど後半みんな分かってくれるシーンがあるんで、ああよかったなって感じ。

成長したい欲求

「いいじゃないか 。人間 、ちょっとくらい無理してみるのも大事だよ 。じゃないと成長しない 。キャパが大きくならないんだ 。最近の若いのはそもそも大きくなろうって気がないんだよな 。しんどいことはしたくないってだけでさ 。だから仕事に慣れるところにすらいかないんだ 」

私、今まで成長したいなんて思ったことないなあ。就活の時も成長って言葉が嫌いだった。
だってキリがないじゃん。どこまで成長すればいいのかって、考えただけでうーんざりする。
今のままでいいとは思ってないけど、成長ってぼんやりしたなんとなくそれっぽいポジティブな感じの言葉を聞くとモヤモヤっとしたプレッシャーに潰されそうな気持ちになる。
「頑張り続けなきゃいけなそう感」が嫌だからなあ。
それだったら〇〇ができる、とか分かりやすく、区切りがあるほうがいい。

高塚くん

「僕は仕事できませんから 」 高塚はつぶやくように言った 。 「生きててもしょうがないですよ 。みなさんもそう思ってるんでしょう ?勝手にさせてください 」

高塚くんの自殺未遂のシーンである。
高塚くんは、長時間労働で倒れてしまったベテランの穴を埋めるために現場に投入されてきた新人の子である。
しかしこの高塚くんは仕事が全くできないのだ。
コミュニケーション力が低く、鈍臭く、ミスが多い。
大学院まで出てるから施工図ならと描かせても、ただ設計図の数字を機械的に落とし込むだけ。
あー、自分を見ているようで心が痛い。

高塚宏にはこの種のポカも多い 。注意力散漫というか 、人の話が右から左に抜けているところがある 。

私も注意力散漫なので読んでいて大変心がざわざわする。

「それくらい ?現に忘れてんじゃねえかよ !とにかくお前は一人前じゃないんだ 。半人前にも足りねえよ 。マイナス人前だ !毎朝起きたら 、俺はマイナスだって百回唱えろ 。分かったか ?おい 、分かったのか ? 」

これは高塚くんの教育係の砂場くんが怒鳴り散らすシーンである。
いや、パワハラかい。
というかいじめかい。
イラつくのは分かるんだけどさー、このシーンだけじゃなくて高塚くんはずーーーっと怒られ続けるんだよね。
もはや指導っていうか、人格否定なわけ。
まあ残業二百時間なうえに使えないミスばかりの人間の教育係までやんないといけないなんてそりゃ怒りも爆発するよなって思う。
でも似たようなこと経験したこともあるんで、高塚くんの肩持っちゃうんだよね〜。
まあそんなわけで、高塚くん自殺に走っちゃうわけです。現場で。
辛かったんだろうなあ。毎日毎日残業に休日出勤、でも役に立てることはなく、自分のせいで空気がどんどん悪くなっていくしミスばかりだし罵倒しかされない。誰からも嫌われている。
萎縮するしかないでしょうそんな状況。
結局7階から落ちた高塚くんはネットでみんなに受け止められ、命に別状はなかった。
いや、よかった。本当。電車とかじゃなくて現場選んだのもよかった。よく頑張った。

さてそんな高塚くんに対して砂場くん。

「そうですよ !あいつだって無理なのは分かってたはずだ 。どうして言わないんです ?言ってくれたら 、分かった 、お前はもういいってこっちもなりますよ 。恥ずかしいんですかね ?屈辱とか 、あいつ感じるんですかね ?そういうプライドだけは持ってるんですかね ?だとしたって 、死ぬくらいだったら何だってできるじゃないですか 。そうですよ 、やっぱり逃げてくれりゃよかったんです 。簡単な話じゃないですか ! 」

砂場くんの気持ちも分かる。いっぱいいっぱいなんだろうし、その中でも精一杯頑張ってたし、それなのに自殺未遂なんてされて、誰に言われなくても責められてるように感じだんだろうなあ。
だけど、死ぬくらいなら何でもできるって言う人は、死ぬくらいまで追い詰められた人の気持ち分かるのかなあって思う。
狭い社外の誰からも認められずに、うまくコミュニケーションすらとれずに、ひたすら馬鹿にされて、いらないものと罵倒されつづける苦しみって分かるのかな。
自己肯定感ゼロになるよね。もはやプライドとかじゃないんだよね。
どこまでならできてどこからできないのかだって考察する余力なんてないし、誰にどういったらいいのかわかんないし、体力的にきつく休むことすら許されない、そこまで追いつかれたら複雑な思考なんてできないし、複雑な思考ができないってことは後先が考えられないってこと。
目に見えて楽になれる道があったらそっちに飛びついてしまうってこと。
砂場くんは今までそういう経験がないんだろうけど、それってラッキーだっただけじゃないのって感じ。
とにかく高塚くんの件は本当に胸糞悪い話でしかないけど、ちゃんと彼も最後に救われる。

仕事を離れて会ってみると 、高塚は意志が弱いわけでもなく 、筋道だった話ができ 、元々は明るい性格なのだと分かった 。現場監督という仕事に不向きだっただけなのだ 。

「大きな建物はだめだけど 、高塚君 、家具なんかだったら素晴らしいデザインセンスを持ってるんです 。椅子のスケッチ見せてもらって感心しました 。私が前一緒に仕事した家具屋さんに紹介したら 、とんとん拍子に就職が決まったんですよ 」

というわけで、高塚くんは仕事を辞めた後、浅田さんと付き合うようになるのだった。
ええーーー。
ていうかこの浅田さん、途中砂場くんといい仲になるんじゃないかみたいな描写されてたんだけど。
謎に作者の砂場くんに対する恣意的ななにかを感じてしまうのは気のせい?

日頃の鍛錬

普段から足腰を鍛えていないと 、未知の事態に対応できない 。
例えば 、現場監督の仕事の相当部分を A Iがこなしてしまう世の中が来るかもしれない 。 A Iに真似できない人間ならではの能力を売りにするにしろ 、優れた A Iの開発に注力するにしろ 、現場監督が切磋琢磨してこなかった会社は真っ先に退場を余儀なくされるだろう 。進歩し続けることが会社の安全保障なのだ 。

最後は仕事に対する姿勢で。
進歩し続けることが安全保障なのは会社もそうだし、個人もそうなんでしょうね。
結局成長し続けるのが一番楽な道なんでしょう。
嫌だけど。嫌だけど。
仕方がないから、だましだまし改善したり勉強したりをやっていくしかないんだなあ。
だましだましって言葉は好き。嘘をついてない感じがするから。
だましだまし成長していきます。だましだまし前向きにやります。だましだまし努力します。
ね、どれも本当はやりたくない感が出てる。
それにだましだましのほうが、無理にモチベーション上げようとするよりは長く続きそうな気がしない?
錯覚かも。

全体的には読後感がよくていい小説だった!


残業禁止 (角川文庫)

残業禁止 (角川文庫)