ひのひかりゆらゆら

読書について。

懐かしさと息苦しさ『何者/朝井リョウ』ネタバレ感想

『世にも奇妙な君物語』と『何様』を読んで、久しぶりに読み返したくなったので。
4人(5人?)の就活生が関わり合いながら就活する話。

懐かしさ

懐かしい! ちょうど就活生のときにこの『何者』を読んでいたんだけど、あのころよりも冷静に読むことができた。あれ、こんな話だっけ? とも思った。
就活中は本当に読むのが息苦しかった気がする。
誰にもすごく共感できるポイントがあり、決定的に誰に肩入れもできない、そんな感じだった。 あの時の必死だった感じを思い出した。

就活という儀式

「俺って 、ただ就活が得意なだけだったんだって 」

「なのに 、就活がうまくいくと 、まるでその人間まるごと超すげえみたいに言われる 。就活以外のことだって何でもこなせる 、みたいにさ 。あれ 、なんなんだろうな 」

これは主人公の友人の光太郎くんが言ったセリフなんだけど、すごく共感した!
私も初めは落ち続けだったけど、それなりに回数を重ねる頃には要領もわかってきて、それなりに内定が出るようになっていた。
就活って別に一社に絞らなくていいから、何度でもトライエラーができる。
その上聞かれることはだいたい同じだから、数をこなせばどんどん洗練されていくし、緊張もしなくなる。
就活、結構いけるな大丈夫だな、なんて思ったりしてた。
でもそんなの働き出したら何の意味もなかったし、そもそも「就活」っていう制度に恵まれていただけだったことに気づいてしまった。
今はどうなのか分からないけど、私の時は就活って決まりごとがたくさんあって、すごく楽だった。
解禁の時期、服装、髪型、カバン、エントリーシートにはこう書く、受け答えは元気よく笑顔で、ノックは3回、面接官は丁寧に聞いてくれて、webテストの参考書が売ってて、大学ではセミナーがあって、学内説明会もあって……とにかくお膳立てがきっちりされていた。
そんなの別に守らなくてもよかったけど、とりあえず守ってれば間違いではないような決まりごとだった。
それに、「就活は大変なもの」っていう共通認識があったので、なんというか「就活」してます! って空気出してればそれだけで「えらいね、大変ね」っていう目で見られた。
まさに至れりつくせり。これは大学受験と似てる。
実際働き出してからは自分の無能さを噛みしめるばかり。何をしたいかどうしたいか、どういうキャリアを築いていきたいのかも常に問われる。
そこで気づく。私にはとくにやりたいことなんてなくて、築きたいキャリアもなくて、ただ就活をうまく乗り切ってしまっただけだということを。
入社して数年経ったのに、まだ仕事がうまくできなくて残業してばかりいる。そしてミスが増えて迷惑ばかりかける。
コスト、納期、品質を管理しなきゃ、自分の仕事ばかりでなく周りも見なきゃ、これもこれもちゃんと確認しなきゃ、でも誰にどう聞けばいいのか……。
目を回している間に年次ばかり上がってしまって、何もできないまま、何者にもなれないまま。

「就活は終わったけど 、俺 、何にもなれた気がしねえ 」

これも光太郎くんのセリフ。地に足ついてるなーって思う。
私は就活終わった時、こんなこと思わなかった。
自分すらも欺いてしまうほど作り込んだ「自分の軸」を純粋にも信じたままだった。
嘘をついたつもりはなかったのになあ。今では内容のほとんどを思い出せもしない。

何者にもなりたくない

この本を読んでて共感できる部分はあるけど、いまいち遠いなと思っていた。
途中で気づいた。
何者にもなりたくないグループがいない。
実際は一定数いるはずだ。私もそうだったし、「だれかどの会社に行けばいいか決めてほしい」と呟いた子もいた。
何もしたくない、何者にもなりたくない、そんな子がいない。意図的に省いているんだろう。
そういう意味でいうと、みんな前向きに生きてるちゃんとした人たちなんだよね。
主人公だって周りに隠してるけど、未練たらたら演劇業界受けてるなんて、実は憧れてる業界があるなんて、十分立派じゃん! と思う。

「広告って 、やっぱり楽しそうで華やかなイメ ージあるし 、一回は受けてみようかなって 。誰でも憧れるじゃない 、そういう世界 」少し言い訳をするように言うと 、瑞月さんは続けた 。

何を言い訳する必要があるんだろう。そういう風に思えることがすごい。広告最大手での事件なんかもあって、いやそれが起こる前からめちゃくちゃ厳しいところなイメージだし、そもそも華やかさにも憧れられない。
就活をしてないギンジだって隆良だって、何者かにはなりたがってる。なろうとしてる。本当に立派だ。えらい。
最近は出世したくない若者が増えているという。管理職になりたくない若者たち。
そうだろうなと思う。管理職なんてどう見たって大変そうな仕事、やりたくない。
責任を負いたくない。大変な仕事をしたくない。側から見てワーワー言ってるだけでいたい。
だから私は拓人くんに共感するけど、拓人くんとは決定的に違うんだ。拓人くんは批評を自分の武器と捉えているけど、私はただ感情のままに言いたいだけ。
内に秘めたものがある拓人くん、なんて立派なんだろう……。
就活中に読んでいて辛かったのは、何よりもここだった。
何者にもなりたくない、どこの会社にも行きたくない私にとっては、何者かになりたい、どこかの会社に受かりたい彼らの姿は遠く感じたし自分のダメさがより強調されるようで苦しかった。
ようやく行きたい会社が見つかったときは、本当に安堵した。今はそこでまた自分を失ってしまっているけどね!
まあしかたない。いつかどうにかなるでしょう。


何者(新潮文庫)

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