ひのひかりゆらゆら

読書について。

ダルトーンのタイルたち『何様/朝井リョウ』ネタバレ感想

『何者』の続編? スピンオフ? 的立ち位置の物語があるということで、読んだ本。
これだけだとまあフツーの短編集。6編。『何者』と合わせて読むと、登場人物により一層愛着がわく。
一編一編の感想を書いていく。

水曜日の南階段はきれい

光太郎くんの話。
やっぱり光太郎くんは根からまっすぐなんだなーって思った。
一年生で中庭で試しにゲリラライブをするチャレンジ精神、それを一回だけじゃなくてずっと続けられる熱のキープ力、しかもそのすごさを強調しないでさらっと説明するのは本当に『何者』で描かれていた光太郎くんだなと思う。
先生に怒られた後で何のてらいもなくその先生に話しかけられる素直さとか。
仲が良いわけでもないクラスメイトに勉強教えてもらう調子の良さとか距離感とか。
そして実は人のことをよく見ていて、そうしようと思うわけでもなく分析している。

席が近かったころは 、おはようとか 、シャ ーペンの芯貸してとか 、そういう会話を日常的にしていた 。

この「シャーペンの芯貸して」は間違いなく光太郎くんから言ってるし(それに夕子さんは返さないものに貸してなんて言わなそう)、「おはよう」だって最初に言ったのは光太郎くんのはず。

「荻島は … …本当に努力家だな 。あまり表には出さないけど 、内にものすごい情熱を持ってる 。その熱さは 、もしかしたら 、このクラスで一番なんじゃないかって 、俺はひそかにそう思ってる 」

先生が一人一人に卒業文集を渡しているときの、夕子さんに向けたセリフ。
この先生はすごいな。30人強いるだろうクラスの全員をちゃんと見てきたんだろうな。
だからこんないいクラスなんだなあ。
そして夕子さん。夕子さん、本当にめちゃめちゃ熱い人だった!
夢は公言した方がいいって、もはや定説になっているけど、この本では少し違うことを言っている。

夕子さんは違った 。ぎゅうぎゅうづめの教室の中で 、擦り減ってしまわないよう 、摩耗してしまわないよう 、外側からの力で形が変わってしまわないよう 、両腕でしっかり自分の夢を守ってきた 。

ということは、光太郎くんは、公言したら夢はすり減ると思ってるんだ。
外側からの力ってなんだろう。
ひとつは、反対する声だと思う。
「無理だ」とか「やめろ」とか「やっていけるの?」とか。
でもここで言ってるのはそっちじゃないと思う。
むしろ応援する声の方だと思う。
「すごい」「頑張って」「絶対できるよ」
そんな声のほうが強いんじゃないか。
夢があるっていうだけですごいことだし、多分友達なんかは否定的なことを言わないで応援してくれると思う。
でも何も成し遂げてないうちからそんなこと言われたらなあ。
私だったらそれだけで何かやった気になって満足しちゃいそう。もういいかなってなりそう。夢が叶わなくても十分頑張ったよねって折れそう。
夕子さんはそうならないように夢を守ったと光太郎くんは思ってる。

自分には夢があるって思いたかった 。夢に向かって精いっぱい頑張っている人間だって 、誰かに思ってもらいたかった 。

それでは2人組を作ってください

出た! 学校生活での先生の残酷な一言!
実際に2人組を作るのに苦労しててもしてなくても、この言葉を見て胃がギュってなる人は同世代の2割くらいはいるね!
誰も組んでくれなくてオロオロしたことがある人は実際もうちょっと少ないだろうけど、運が良かっただけで一歩間違えたらあっち側だったなって人はいるはず。
これは理香ちゃんのお話。
女の子と2人組になれない理香ちゃん。
学生ってつらいなあって思う。
ニコイチとか言いあってそのあとずっとニコイチでいられる人ってどのくらいいるんだろうか。
一生付き合いたい友達なんて1人見つかれば上等だし、複数見つかったんならなにより恵まれてるってことだと思うんだけど。
でも学生時代はとにかく一時的にでも2人組作れないとつらいシーンが多いんだよねー。

結局私は 、自分よりもバカだと思う人としか 、一緒にいられない 。

理香ちゃんはそう思ってるけど、そんなことないと思うよ。いつかなんかのきっかけで一対一の関係ってできてると思う。
拓人くんが理香ちゃんに思ってたことを直接言ってくれる女の子がいるといいなー。

逆算

これはきつい。知り合いに何人かいる9/15生を否が応でも思い浮かべてしまった。
沢渡って、サワ先輩かあ。

「後から振り返ったら 、あれがきっかけだったんだろうな 、って 、それくらいでいいんだよ 。可純ちゃんが早見の携帯を拾ったのだって 、二人がその後付き合わなかったらきっかけでもドラマチックなエピソ ードでも何でもない 」

やっぱり人格者ですね、サワ先輩。
そしてこの内容でググったら全くおんなじ内容の知恵袋が引っかかってきて、もしやここから物語を作ったのか?

きみだけの絶対

ギンジ頑張ってるし、いい話だった。
誰かの言葉が誰かの胸には刺さるのに、同じ場にいた他の人にはサッパリってこと、あるよね。
昔サークルの先輩が言ったことが私に刺さりまくって、その後もずーっと覚えてたの。
でも同じ場にいた同期の子は「そんなこと言ってた?」ってひとつも覚えてなくて心底驚いた。
えええ、あれを覚えてないの?! って。

むしゃくしゃしてやった 、と言ってみたかった

学校の先生も 、教科書も 、両親も 、子どものころは子どもに対して 、いい子であれ 、人に迷惑をかけるな 、間違ったことをするなと教える 。だけど大人になった途端 、一度くらい本気で喧嘩したほうが人と人は深く分かり合えるとか 、人に迷惑をかけてきたからこそ伝えられる何かがあるだなんて言い始める 。正しいだけではつまらないなんて 、言い始める 。

あるあるだね〜。しょうがないよね〜。
そんなダブルスタンダードなんてどこにもあるしね。しょうがないしょうがない。

こんなとき 、煙草の一本も吸えれば 、むしゃくしゃした気持ちがどこかに消えるのだろうか 。

消えるわけないって分かってて言ってるんだよね〜。
なんやかんや言ってるけど、ラクだからそっちの道を選んだだけなのに、まるで誰かに頼まれて努力したみたいに言うの、ずるいよね〜。
なんだか読んでいてすごく皮肉な気持ちになってしまった。
きっと自分と重なる部分があるからなんだろう。

以前読んだ、『ぼぎわんが来る』でも言っていた。

「それは──自分の醜さや 、おぞましさや 、弱さや愚かさを目の当たりにするのは 、耐え難いほど苦痛だからです 。先生を見ていてイヤというほど分かりましたよ 。おかげさまでいま最悪な気分です 」

何様

就活の、面接官側の話。

武田は他の企業の面接官にありがちな 「僕は君たちと同じなんだよ 」 「ほかの面接官とは違ってユ ーモアがあるよ 」なんて顔をしなかった 。

あー、なんかあったな。今となっては面接官に共感するけど。学生に威圧感を与えないように、かつなめられないようにって難しいんだろう。

武田が言い終わるより早く 、ドアがノックされた 。少しだけ開かれたドアの向こう側から 、 「もう入れますかあ ? 」と女の人の声がする 。

会議室あるある。朝井リョウって会社勤めしてたんだなって感じ。

君島には 、誰かと誰かの間に入って物事を調整する能力がある 。他部署から面接官を調達し 、面接のために会議室を多く使用することを許してもらう力 。しかも 、ほんの一ミリの優勢を保ったまま 、その調整を行う力 。

こう言う発想も。

「だから武田さんはあんたのことすっごくよく覚えてるみたい 。眉毛カッタ ーがどうのこうの話して得意げに笑い取ってたんでしょ ? 」

! 眉毛カッターの子か、この子!

「あんたもさ 、子どもができたって言われて 、うれしいって本気で思った一秒くらい 、あったでしょ ?すぐ不安な気持ちに呑み込まれたのかもしれないけどさ 、でも 、その一秒だって誠実のうちだと思うよ 」

うーんいいこと言うなあ。
思ったことってそういう1秒がモザイクタイルみたいに合わさってできてるんだろうなあって。
朝井リョウの小説ってそのモザイクタイルのあんまり見たくない面を強調してるから刺さるんだろうなと思う。
色でいうならダルトーン。明るくないけど完全に暗くもなくてモヤモヤっとした表すのが難しいところ。そんな色のタイル。 けど続けて読むと疲れる。モザイクタイルの明るい綺麗ないろとか、暗いならはっきり暗いとか、そういうのに逃げたくなる。


何様

何様